大判例

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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和56年(ワ)117号 判決 1983年9月13日

原告

近藤建

被告

不二石油株式会社

ほか一名

主文

1  被告らは原告に対し連帯して二二九万九一三三円およびこのうち一七九万九一三三円に対し昭和五四年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

4  この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

一  申立

原告は「被告らは原告に対し連帯して二〇四二万五一七七円およびこのうち一八四二万五一七七円に対し昭和五四年三月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  原告の主張

1  事故の発生

近藤裕子は次の交通事故により死亡した。

(一)  日時 昭和五四年三月二一日午後九時一〇分ころ

(二)  場所 福岡県大野城市乙金 九州自動車道上り七七キロポスト付近

(三)  加害車両 被告田中運転の普通乗用自動車

(四)  態様 被告田中が助手席に亡裕子を同乗させ、加害車両を運転して熊本市方面から福岡市方面に向けて九州自動車道上り線を進行中、事故発生場所付近で前方注意義務を怠つたために運転をあやまりガードロープに激突し、このため亡裕子は第四・五頸椎完全脱臼骨折および脊ずい損傷の傷害を受け昭和五四年三月二一日筑紫野市武石病院に入院したが同月二六日右傷害のため死亡した。

2  責任

被告不二石油は加害車両の所有者であるので自賠法三条の運行供用者として、被告田中は前記のとおり前方注意義務を怠り本件事故を惹起したのであるから民法七〇九条に基づき本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

亡裕子は原告と昭和五〇年一一月一三日結婚し(届出は昭和五二年一一月一八日)、原告の住所地で生活していたが昭和五三年九月四日急性アルコール中毒を起しこの治療のために同日大牟田市立病院に入院して翌日退院したところ、その病後の静養のために父母の居住する福岡市南区屋形原三三二番地に赴きそのまま実家に居住していた際に、本件事故が発生したものであるがこの事故により原告の蒙つた損害はつぎの通りである。

(一)  葬祭費 金五〇万円

亡裕子は前記の通り昭和五四年三月二一日武石病院に入院したが同月二六日死亡したところ、死亡した場所が同人の実家に近かつたので同月二七日実家に於て葬儀を行つたが、原告は同月三一日大牟田市の浄真寺に於て亡裕子の親戚も出席のうえ告別式を行つた。その費用は金五〇万円をくだらない。

(二)  得べかりし利益の喪失 金一二九二万五一七七円

亡裕子は死亡時に於て高等学校卒の二七歳にして今後四〇年間は就労可能であるところ、賃金センサス昭和五二年度第一巻第一表によれば月額給与金一〇万三九〇〇円、年間賞与その他特別給与額は金三八万〇四〇〇円であるので年間総収入は金一六三万〇八〇〇円となる。そこで右金額から生活費として月額給与金一〇万三九〇〇円の三五%に当る金四三万六三八〇円を控除すると金一一九万四四二〇円となるので、これをホフマン式により中間利息を控除して計算すると二五八五万〇三五四円となる。

ところで亡裕子には子供はいないので、その法定相続人は原告とその両親となり、原告は法定相続分二分の一の相続権を有することになるので原告は右金二五八五万〇三五四円の二分の一の金一二九二万五一七七円を遺産相続により取得したことになる。

(三)  慰謝料 金五〇〇万円

本件事故は被告田中の一方的過失により惹起されたにもかかわらず、被告田中、同不二石油は現在まで全く誠意ある態度を示さないことを考慮すると、原告に対する慰謝料は金五〇〇万円が相当である。

(四)  弁護士手数料 金二〇〇万円

被告らは本件事故の賠償につき全く誠意ある態度を示さないので、昭和五五年一二月一日原告は民事訴訟の提起を決意し、弁護士田中光士に右訴訟提起を依頼し同日着手金として金一〇〇万円を支払い、一審判決言渡しの際に謝金として金一〇〇万円の支払いを約した。

よつて原告は被告らに対し、右の(一)(二)(三)(四)の合計金二〇四二万五一七七円および金一八四二万五一七七円に対する昭和五四年三月三一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  亡裕子がシートベルトを装着していなかつたとしても、シートベルトの装着は法律上義務づけられたものではなく、なるべくシートベルトを装着することが望ましいとされているのに過ぎず、亡裕子に過失はない。

亡裕子が好意同乗者であることは認めるが、本件においては慰藉料の斟酌が考えられるところ、原告の本訴における慰藉料請求を度外視したとしても亡裕子の得べかりし利益の喪失は二五八五万〇三五四円であるので、原告はこの二分の一の一二九二万五一七七円を遺産相続で取得している。従つてこれから自賠責保険から得べかりし利益の喪失として支払を受けた金員を差し引いた残額につき、原告が請求権を有することはいうまでもない。

三  被告らの主張

原告の主張1のうち被告田中が前方注視義務を怠つたとの点は争いその余の点は認める。同2・3のうち被告不二石油が本件車両の所有者であること、原告と亡裕子が昭和五二年一一月一八日婚姻届を出していること、亡裕子が実家に居住していた当時の事故であること、同人の葬儀がその実家で行われたこと、同人と原告との間に子供がいなかつたこと、原告が本訴提起を原告代理人に依頼したことは認め、その余の点は争う。

本件事故は被告田中が本件車両を運転して、九州縦貫自動車道を太宰府インター方面から福岡インター方面に向けて時速約一〇〇キロメートルで進行し、北九州市門司区起点七七・一キロポストから太宰府寄りに約二七八メートル付近の地点において、先行車を追い越すために追い越し車線に車線変更を開始し、追い越し車線を時速約一〇〇キロメートルで進行し、右車線変更開始地点から福岡インター方面に一四四・四メートルに進行した地点にきたところ、既にその時には先行車の追い越しを完了していたが、突然ハンドルが左右にとられ車両が蛇行を始めた。被告田中は右蛇行開始地点から約四五・五メートル福岡方面に進行した地点において軽くブレーキをかけたが、車両はその後間もなく左方に滑走し、道路左側のガードロープ柱に衝突し、そのガードロープ柱を軸にして一回転し、右ガードロープ柱から約八・五メートル福岡インターに寄つた走行車線上に停止した。本件車両が蛇行を始めた原因は全く不明で、被告田中の運転に何ら非難されるべき過失はなく損害の算定にあたつて大きく考慮されるべきである。

原告と亡裕子とは本件事故前昭和五三年九月ごろから離婚を前提として別居し、事故直前の昭和五四年三月には正式に離婚の合意が成立し、離婚届に押印するばかりになつていた。右のとおり原告と亡裕子との間は事実上離婚状態にあり婚姻の実体はなかつたのであるから、原告は配偶者としての相続権を否定されるべきである。原告が亡裕子の相続人として相続権を主張することは権利の乱用である。

被告田中と亡裕子とは昭和五三年一二月同人が福岡市のスナツクでホステスをしているころ知合い、その後意気投合して時に店以外でも付合う関係になつていた。本件車両は事故前日の昭和五四年三月二〇日引渡を受けたものである。亡裕子は自動車運転が趣味であり、本件車両のならし運転をさせてくれと被告田中に頼み、引渡を受けた当日の夜両名は亡裕子の運転で九州自動車道を南関インターまでドライブした。同人は更に遠方まで行きたいと言つていたが被告田中が引止めた。その際亡裕子の申出により翌日(三月二一日)熊本方面までドライブする約束ができた。事故当日は休日(春分の日)であつたので、午後三時ころから熊本方面に向けてドライブに出発し、往路は亡裕子が運転し、復路は被告田中が運転したが、本件事故は復路被告田中が運転中に発生したものである。

本件事故発生までの経緯は右のとおりであつて、新車の運転をしたいという亡裕子の要望によつて熊本にドライブした帰り道、たまたま被告田中が亡裕子に代つて運転中に発生した事故であつて、本件運行については亡裕子も運行支配と運行利益を有していたものである。亡裕子は共同運行供用者であつたものであつて、原告の本訴請求は理由がない。少なく右の事情を考慮して原告の請求は減額されるべきである。

亡裕子が本件車両に同乗していた経緯は前記のとおりであるから、原告の請求は好意同乗の理論により大幅に減額されるべきである。

亡裕子はシートベルトを装着していなかつたばかりでなく、助手席で胡座をかいた状態で同乗していたもので、そのような行為は車の同乗者として自らの安全義務を全く放棄した行為というべく、大幅な過失相殺の対象とすべきである。

四  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

昭和五四年三月二一日午後九時一〇分ころ福岡県大野城市乙金九州自動車道上り七七キロポスト付近において、被告田中運転の普通乗用自動車が熊本市方面から福岡市方面に向けて進行中、同所のガードロープに激突して、同車の助手席に同乗していた亡近藤裕子が第四・五頸椎完全脱臼骨折および脊ずい損傷の傷害を受け同日筑紫野市武石病院に入院した後同月二六日右傷害のため死亡したこと、被告不二石油が右普通乗用自動車の所有者であることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実と成立に争いのない甲第一ないし第六号証、被告田中の供述、弁論の全趣旨を総合すると、被告田中は右普通乗用自動車を高速で運転するに際しその運転操作不適切のために本件事故を惹起したものと認めるのが相当である。

被告不二石油が本件車両の所有者であることは当事者間に争いがないところであるから、被告らは本件事故による損害を賠償すべき義務があることになる。

原告と亡裕子とは昭和五二年一一月二八日婚姻届がなされていることは当事者間に争いがないところ、被告らは原告には亡裕子の相続権がない旨主張する。

成立に争いのない甲第一一号証、乙第二・第三号証、乙第五号証被告田中本人の供述を総合すると、昭和五三年四月ころから亡裕子と原告との夫婦仲に亀裂が生じたこと、亡裕子は同年九月夫婦げんかの末急性アルコール中毒で入院したが退院後も同人が死亡するまで原告とは別居生活にあつたこと、その間原告は亡裕子を一度も訪れていないこと、亡裕子は自活のためにホステスとして勤務していたこと、夫婦双方とも離婚の意思を有しており昭和五四年三月には原告の母が亡裕子宅を訪れ正式に離婚の合意が成立し数日中に亡裕子の両親が離婚届の書類を原告方に持参することになりそのことは原告も了解していたこと、原告は昭和五三年秋ころから近藤美子と情交関係があり、昭和五四年七月一〇日にはその間に女児が出生し、同月一七日には婚姻届がなされていることが認められる。

右事実によれば、原告と亡裕子との夫婦関係は婚姻の実質が欠けており事実上離婚状態にあつたということができるけれども、原告の亡裕子の配偶者として相続権を否定されるものではなく、原告が亡裕子の相続人として相続権を主張することが権利の乱用でないことも明らかである。

そこで本件における損害額について検討する。

亡裕子死亡当時の原告と亡裕子の夫婦としての実体が右のような状態であつたことを考えると、原告は本件においては葬儀費用と慰藉料とはその蒙つた損害として請求し得ないものと解するのが相当である。

亡裕子の逸失利益について検討する。同人は死亡時において高等学校卒の二七歳で今後四〇年間は就労可能であるところ、賃金センサス昭和五二年度第一巻第一表によれば月額給与一〇万三九〇〇円、年間賞与その他特別給与額は三八万〇四〇〇円であるので年間総収入は一六二万七二〇〇円となる。そのうち生活費は年間総収入の三五%とするのが相当であるのでそれを控除して、ホフマン式により中間利息を控除して計算すると亡裕子の逸失利益は二二八九万〇九四五円となり、原告は配偶者としてその二分の一の一一四四万五四七二円を相続により取得したことになる。

被告田中本人の供述によると、本件事故は被告田中と亡裕子が本件車両を運転し九州自動車道を利用して熊本市内までドライブし、再び右自動車道を利用して福岡市に帰る途中に発生したものであること、右ドライブは自動車運転が趣味であつた亡裕子にせがまれてのドライブであつたこと、往路は亡裕子が運転し、復路は被告田中が運転していたものであることを認めることができるけれども、右の事実をもつてしては亡裕子が本件事故により蒙つた逸失利益の損害額を減額すべき事由とすることはできない。

亡裕子に過失があつたものとすることはできず、被告らの過失相殺の主張は採用できない。

本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は五〇万円とするのが相当である。

成立に争いのない甲第一二号証によると原告は本件による損害賠償として合計九六四万六三三九円を受領していることが認められ、残額は二二九万九一三三円となる。

右のとおり被告らは原告に対し本件損害賠償残額として二二九万九一三三円およびこのうち一七九万九一三三円に対し昭和五四年三月二六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることになる。

よつて原告の本訴請求中右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 糟谷邦彦)

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